☆☆☆ merry 03


  第3話 騎士セシル

 翌日、メリーは朝早くにアレンに叩き起こされた。
 バタン!!
「おい、メリー、起きろ!」
 いきなり入ってきたアレンが布団の中のメリーを蹴飛ばした。
「うぅ〜ん・・・」
 しかし、メリーはそれだけだった。
「・・・。寝汚い女・・・。起きろ起きろ起きろ!!」
 蹴り、蹴り、蹴り。
「うぅ・・・ん。何よ」
「起きろ」
「嫌よ」
「朝だ」
「眠い」
「・・・」
 メリーが目を開ける気配はない。
「・・・いいから、起きるんだ!!」
 アレンが布団を引っぺがしてメリーを転がり落とす。
「あいたたた・・・。嫌だって言ってるでしょ・・・って、ああっ!! アレン、あんた何で人の部屋に居るのよ!!
 出てけ、この変態っ!!」
「誰がだっ!! ・・・たく。寝惚けるのもいい加減にしろよ」
「だって、起きたらアレンが部屋の中に居たから・・・ぁ」
 麗しの王子様の前で、堂々と大欠伸をしながら、メリーは構う素振りも見せずに言った。
「・・・で、何の用?」
 小憎らしい女だと思う。昨日の今日で、もう、この態度。どちらが上位かなんて、頭の中に入ってないんだろうか。
「お前をな、野放しにしておけんと思って、監視をつけることにした」
「へぇ〜・・・って、はあっ!? 何よ、それ!!」
「まあ、目付け役かな」
「なんでっ!? いらないわよ!!」
「オレがいる。・・・という訳で紹介する。新米騎士の、セシル・カイト君だっ!!」
「ええっ!? ちょっと待って。あたし、今、着替えるから・・・!!」
「ははは、もう遅い! 入れ、セシル!!」
 ・・・ギギギィ。カチャン・・・。
 異様にゆっくりと扉が開いてゆく。どうやらセシルとやらは入りたくないらしい。
「どうした!? 早く入れっ!!」
 そんな素振りもアレンには届かなかったらしく、自らドアノブを引いて扉を開けた。
「・・・。失礼します。セシル・カイトです」
「って、その声! 案内係の!!」
「・・・王子! 僕にはやっぱり無理です!!」
 メリーが声をかけた瞬間、セシルはアレンに訴えた。
「確かに辛い仕事だが・・・お前にならできる! やってみろ、セシル!!」
「あの〜」
「無理です!! 僕はただの新米ですっ!!」
「ちょっと・・・」
 アレンが励まし、セシルが否定する。そしてアレンは真面目な顔をしたかと思えば、こんなことを言った。
「・・・すまん。もう、決定事項なんだ・・・」
「うわ〜〜〜〜〜!! そんなの酷いです! 考え直しましょう、王子!!」
 辛そうに目を逸らすアレンに、セシルが、
「まだ、間に合います!!」
 と追いすがる。
 そこに、メリーが乱入した。
「よろしくね、セシル!!」
 微笑みながら、無理やりセシルの手を握ってやった。完全な不意打ちである。
「あっ・・・」
 一瞬、何が起こったのか分からないような、呆けた顔をするセシル。
 開放されたアレンが、その後ろからセシルの肩を諭すように叩いた。そして一言、
「もう、諦めろ」
 決定打を喰らわせた。
「ああ・・・そんな・・・」
 まるで仲間に裏切られたような顔をして呟くセシルに、アレンは見ない振りをした。
 セシルのその肩は、とてもとても下がっていた。


 こうして、ここにメリー専属、目付け役の騎士セシルが誕生した。


「はい、じゃ、今はここまで。セシルは訓練。オレは仕事。
 メリーは、そうだな・・・。お前は二度寝でもしとけ。今日一日は、安静にさせられるからな、お前」
「え、なんで?」
 アレンはあからさまに溜め息を吐いて見せた。
「お前があんな下手な芝居なんか打った所為で、だ。
 ヴィーナス嬢は神経の細い方だ、とか緊張で参ってしまわれるだなんて、なんて可愛らしい方なのかしら・・・とかそんなこと言われてるんだぞ? 信じられるか? コレがだぞ?」
 と、セシルに念を入れてメリーを指さし、世も末だな、こんなのに騙されるだなんて・・・と暗い顔で言った。
「うるさいわね」
「おい、セシル。見ろよ、こいつを。どう見たって、見てくれに騙されてるだけだと思わないか?
 皆、揃いも揃ってさ・・・」
 溜め息が絶えないアレン。
「あ、そ、それで話の続きは・・・?」
 元気づけるように訊くが、アレンは、ああ、さっきのか・・・とますます渋い顔になる。
「それがな、途中までオレが一緒に居たからって、オレに、ヴィーナス嬢にいったい何をなさったの? だの何だの興味本位でアレコレ訊く始末。
 今日も朝からメイド、秘書、思い詰めた新米騎士・・・これでもかという位訊かれたんだよ。
 昨日は昨日で、暇を持て余したマダムから、根掘り葉掘り、有る事無い事、何でもかんでも訊かれたんだ!!」
「へえ・・・可愛らしい方、か。いいわね・・・」
 うふふ、と不気味な笑いを漏らすメリーを意識して放っておいて、セシルはふと疑問をぶつけた。
「でも本当に何であんな人気のない裏庭にいらっしゃったんですか?
 あんな所に居たんじゃ、貴婦人の方々でなくても興味津々になりますよ」
「・・・お前もか? お前までオレに質問するのか?」
 目の下に隈でも見えてきそうな人相でアレンがセシルを見る。
 セシルは密かに怯えながら、引っ込みがつかなくて、はい、と答えた。
「あれはだな・・・。この阿呆が王の前でとんでもないこと口走ったあげく、さらに口走りそうな気配がしたから誰にも見咎められずに、貴族のたしなみを教えようと思って、な・・・」
 そう言った後、アレンはやらなきゃ良かったあんな事、言わなきゃ良かったあんな事、とノイローゼになりそうな勢いで頭を掻き乱していた。
 ・・・見ているのも、恐ろしくなって、セシルは目を逸らした。
 王子も最近、苦労が増えたからなぁ・・・、と人事ながらに、おいたわしや、と心の中で同情していると、メリーがじっとこちらを見ているのに気づいた。
「な、何か・・・?」
 なんとなく怯えながらも訊くと、その動かなければ無害で純粋で文句のない瞳をセシルに改めて向けてきた。
 この時、セシルは悟った。
 声を掛けない方が絶対良かったと・・・。
「んふふ・・・。ねえ、セシル。あたし、お腹が減ったわ」
「そうですか・・・。それはそれは・・・」
 後ろをちらりと見ると、頼りになるかは別として、今、この状況を一緒に苦しんでいるはずのアレンはひとりどこかへトリップしていた。
 ああ、嫌な予感・・・。
「それはそれは、じゃないわ。でね。あたし、今すぐ何かを食べたいのよ」
「そうですか・・・えっと・・・」
「だ・か・ら。何か食べに行きましょって誘ってるのよ。もう、乙女にこんなことまで言わせるなんて、セシルって鈍すぎるわ。はっきり言わないと通じないなんて・・・そんなんじゃダメよ」
「はあ・・・」
「はあ、じゃないでしょうが! 誘われたら騎士たる者、貴婦人をエスコートするのが当然でしょ!」
「う、そうなんですか・・・?」
 何故かアレンに問い掛けるセシル。
「ちょっと、ここに! 目の前に! ちゃんと貴婦人が居るのに、何で後ろでどこかに意識飛ばしてるような男なんかに聞くのよ!?」
「そ、それは・・・」
「そぉれぇはぁ〜〜〜? 何よ」
 言ってみなさいよ、とメリーが無駄に胸を張って迫ってくるので、怖気づいたセシルは知らず目を泳がせた。
 そして、目についた自分以外の他人・・・アレンの存在を思い出すと、一目散に彼の肩に両手を置いた。
「・・・。王子、王子!! いい加減、正気に戻ってくださいよぉ!!」
 とうとうガクガクとアレンを揺さ振り始めるセシル。
「ちょっと! セシル、質問の答えをまだ、聞いてないわよ!?」
「ちょっと待って下さい! 僕だってまだ王子に答えてもらってないんですから!!」
「ちょっ・・・おい・・・セシ、ル・・・。やめ、やめ、目が、回る、からぁぁぁぁぁ〜〜〜〜っ!!」
「あ!! 王子!! やっと正気に戻ってくれましたか!!」
「戻ったから、手を放せ!! せめて、止めてくれぇっ!!」
「はっ! すみません、感動のあまり、つい・・・」
「まあ、いいけどな。・・・で、どんな酷い目にあったんだ? セシル。聞いてやるから話してみろ」
 兄貴を連想させる、男気溢れる笑みを片頬に浮かべて、だが頭を揺らしながらアレンは言った。
「う、うわ〜〜〜〜!! 王子ぃ〜〜〜〜っ!! この人が、この人がぁっ!!」
 つい、それにつられてセシルも我慢していたものを吐き出そうとアレンの兄貴然とした胸に飛び込んだ。
 その場にはちょっとした青春が漂った。
「おぉ、よしよし。泣くんじゃない、セシル。それで、何があった?」
「は、はい・・・実は・・・」
 セシルが勢いついで、話出そうとすると、今まで黙っていたメリーが突如口を挟んだ。
「ねえ、アレン。あたし、お腹空いたわ」
「・・・」
「・・・」
「ねえってば」
「・・・」
「・・・」
 二人は黙りこくって固まってしまった。
「レディ・ファーストっていう言葉知ってる? いつ如何なる時でもレディの要求には応えなければならないのよ?」
「・・・レディ・ファースト?」
「・・・いつ如何なる時でも?」
「そうよ。当たり前じゃないの。レディに辛い思いをさせたくない、そんな思いからできた、見上げた騎士道精神
だってあたし、いつも思ってたの」
「でも、それはレディに対してだけじゃ・・・」
 セシルが今までメリーを見て、彼女はレディとちょっと違うと思って発言すると、メリーが目を吊り上げてセシルを見た。
「何よ。あたしはレディじゃないって言いたいの?」
 その笑っているようで笑ってない顔が、死ぬほど恐ろしい。
 女は怖いのだ。
 アレンは、勇気ある無謀者に心の中で盛大な拍手を送った。そしてその後に両手をそっと合わせた。
「い、いえ!! 決してそんな意味じゃ・・・!!」
 怯えるセシルを見て、アレンはこれから彼を直視しないように心がけた。
「おっと、もう、こんな時間だ。いかん、いかん。仕事が間に合わなくなってしまう。
 それに秘書も待たせてるし・・・オレはもう行かなくちゃならない。じゃあ、また、午後にでも・・・」
 そそくさとアレンは誰とも目を合わせないようにして、立ち上がった。
 その右足にセシルの物と思われる手が縋り付いてきた。
「そんなっ!! 待ってくださいよ、王子!! 僕だって、訓練があるんですよ!?」
 ・・・聞こえない聞こえない。
 アレンは、何かから足を抜くことだけに集中した。
「王子!! アレン王子!! 聞いてくださいよ、そんな、無視するだなんて、酷いですよ!!」
 聞こえない、聞こえない。
「僕だって、入ったばかりの新人なんです!! 訓練をさぼったりしたら、鬼教官からどんな仕打ちを受けることか! きっと、ひとりだけ特別ハードな、別名新人いじめコースにされちゃうかもしれないんですよっ!?」
 くっ・・・。あの教官、まだそんな事してたのか・・・。注意したのに止めろって言ったのに・・・ちくしょう!!
 その所為で,今必死に新人に行く手を阻まれている身になれば、もう今度は減俸処分だけじゃ済まさないからな
・・・このまま、いっそリストラ(?)でもしてやろうか・・・。
 そんなことを考えていると、何故か手が増えた。
 足に絡みつく、その手が・・・二本から四本に・・・。何故・・・?
 とてつもなく嫌な予感に頭が、現実を見ることを拒否したがっている。
 それが手に取るように分かってしまったアレンは、己の脳を守る為、敢えて、それを無視することにした。
「あ、メリーさん・・・」
「話を聞かせてもらってるとね、このままアレンを行かせるのは間違ってる気がしてきて・・・」
「そ、そうですよね!? 抜け駆けは禁止ですよね!? 王子、観念してくださいっ!!」
 セシルの腕(おそらく)が、ぐっと力を増した。
 危うい均衡で保っていたバランスが、ぐらりと・・・ぐらりと・・・。
 ドタンっ!!
「痛〜〜〜〜っ!!」
「って、何するんだ、お前らはっ!!」
「あ、やっと無視するの止めてくれましたね〜〜〜。王子、もう、セコイことはやりっこなしですからね!?」
 びしっと指を突きつけられてそんな台詞を言われても・・・。
 さすがに、目を逸らすが・・・。
「・・・もう、お腹すいて、我慢の限界だわっ!! アレン、なんとかしてちょうだいっ!!」
 と思ったら、もう一人の方は懲りてなかったらしい。未だに足に引っ付いている。
「って、これじゃ立てないじゃないかっ!! どけ!! どくんだ、メリー!!」
「い・やっ!! もう、お腹減って減って、待てないのよ!!」
「どうしろと・・・」
「食べ物持ってきて!!」
 食堂へ行こうから、食べ物持って来いに望みが変わったメリーだった。
「あ。それなら王子。そこの呼び鈴を鳴らせば、メイドが来るんじゃないでしょうか・・・?」
 ふと、呼び鈴に気づいたセシルが言ってみると、
「あ・・・」
 アレンは固まってしまった。
「そうだよ、そうだ・・・。仮にも女のメリーの部屋にも、呼び鈴くらいはあるんだった・・・」
「仮にもって何よ!!」
「じゃ、鳴らしますね」
 チリリ〜〜ン。
 可愛らしい音が、乾いた空気を揺らして響いた。


 すぐに来たメイドに後を任せて、二人は大急ぎで目的の場所に向かった。
 ぎりぎりで間に合ったのは、多分きっと奇跡であろう・・・。
 遠い空を見て、二人はそう思っていた。
 そして、アレンは秘書に睨まれ嫌味を言われ、セシルは鬼教官に「特別に指導してやってもいいんだぞ?」と脅しのような言葉を貰っていた。
 そして、二人はまた、思った。
 午後はメリーの所に行くの、止めようかな・・・いっそ、さぼろうかな・・・、と。

 そして、太陽は東から西へと移り変わって行く・・・。



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